2015年01月13日

河童の話

妖怪ブームだそうです。

妖怪の絵が付いた焼酎まで発売されています。

セシールに持っていったらEちゃんは喜んでくれましたが味はまあ普通でした。

今日は妖怪に関する「おはなし」です。



トモは信州の人里近くの川に住む河童です。

河童というと実物を見たことのない人間たちは何やら

可愛いイメージを持っていますが、トモはとっても醜い河童です。

お父さんもお母さんもヌルヌルしていて

濁った緑色と茶色が混じったような汚らしい体です。

顔も常にエサを求めて川の中を這いずり回っているので

歯がむき出しになっていてとても下品です。



トモはまだ小さいころにクマに襲われて

片目がダメになってしまいました。

それで小さな河童の妹も怖がるくらい醜い顔になってしまいました。



でもトモは頭がよかったので魚を捕まえるのも一番で

人間に気づかれないように畑の作物を掻っ攫ってくるのも上手でした。

河童は人間に見つかると大変な目に合うので

絶対にその存在を知られてはならないのです。



だから畑の作物を盗むのにも工夫が要ります。

大泥棒ややり手のスリ師のように相手が盗まれたことも気づかないように

あっちの畑から少し、こっちの畑から少しと盗むのです。

仲間の河童たちは人間を恐れているのでなかなか畑に来る勇気がないようです。



トモは河童の世界でも醜いので、連れ合いを見つけることができませんでした。

取ってきた魚や作物をプレゼントしても

女の河童たちは「そこに置いて行って」というばかりで

一緒に滝遊びに行ったり河童プロレス(男女でするプロレス、結果はご想像の通り)

の相手をしてくれようとはしません。

両親が亡くなった後は兄弟姉妹からも疎まれ

孤独な河童になってしまいました。



そんなトモが恋をしました。

それは人間の赤ちゃんで、お春さんという農家の主婦が川に野菜を洗いに来るとき

連れてくる小さな赤ん坊です。

お春さんは耳が少し遠いので後ろに河童が近づいても気が付かないのです。

その赤ちゃんは川の土手の上の籠に入れられていて

いつも気持ちよさそうに眠っています。

赤ちゃんはトモが現れても全然怖がりません。

恐る恐るだっこしてみると柔らかくていい匂いがして

ニコニコとした丸い顔となめらかな皮膚の様子が天使みたいで

トモはいっぺんに好きなってしまったのです。



あるときお春さんが病気になって何日も川に来られなくなりました。

トモは赤ちゃんに合いたく会いたくてたまらなくなりました。

そして、ある夜とうとうお春さんの家まで来てしまいました。

お春さんの家は薄明るい光が点いています。

トモは匂いで赤ちゃんのいる部屋がわかりましたが

その部屋は戸締りが厳重で入れそうもありません。

しかしトモは雨戸の下の庭に座って

すぐ近くに赤ちゃんがいることを感じているだけで幸せでした。



トモは毎晩、お春さんの家まで来るようになりました。

そしてある夜、庭の雨戸の前で眠ってしまい人間に捕まりました。



村の衆が集まってきてどうするか相談しています。

見世物に売ったらどうだべ。という意見もありましたが

うんにゃ、ならねえ。河童がいる村なんてことがばれたら

ワシたちも疑われてしまうぞ。

長老の一言でトモは殺して埋められることになりました。

その時、お春さんが寝床から出てきました。

この河童は悪い奴じゃねえ。おらの赤ん坊をいつでもあやしてくれた。

離してやったらきっと村には寄り付かねえよ。

と言ってくれました。お春さんは知っていたのです。



長老はトモにいいました。

次にこの近くに現れたら命はないぞ。

そうしてトモは縄を解かれました。



トモは渓谷に帰りました。しかし赤ん坊のことが忘れられません。

村に行ったら殺される。しかし他に喜びのない彼は赤ちゃんだけが生きがいでした。

ついふらふらと村まで来てしまったのです。



ズドーン!鉄砲の響きは禁断の恋の別れの音でした。

土台、人間と河童が共存するのは無理な話だったのですね。

その村では人間の赤ちゃんに恋した河童の話は、今もひそかに語り継がれています。









posted by ナカムラタケシ at 04:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 新しい民話/フィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月24日

そば集落の底なしそば


信州飛騨山脈の山中にその村はある。

行政区分は松本市に編入されているが市内からは車で1時間以上かかる。

その村の中心部からさらに数十分、

四駆でなければ通れそうもない道を通って

私はその集落にたどり着いた。

一年のこの季節だけ「底なし蕎麦」が食べられるという話を聞いてきたからだ。



集落の外れに愛車を止めて、わらぶきの民家を窺うが人の気配がない。

入り口で声をかけて4軒目ではじめて応答があった。

戸をあけて中を見ると台所に続いている土間に

疲れたような老婆が白っぽい着物を着て立っている。

奥は小さな座敷になっているようだ。



その雰囲気にのまれしばし呆然としていたが

やっと「底なし蕎麦を食べたいのですが」と声をかけると

「ああ、食べきれねえかもしれねえよ」

「美味しい蕎麦ならいくらでも食べられます」

「うめえことはうめえがね、ぜんぶ食べられねえと罰があるだ」

乱食歯を見せながら、ちょっと笑って老婆が答える。



罰といっても罰ゲームのようなものだろう。

10人前食べたとしても蕎麦の代金ならたかが知れている。

「いや、それを食べに来たんです」

私も少々むきになっていたようだ。

「そうかね、じゃあやってみるか」



奥の座敷に入り年代ものの卓袱台を前に座る。

座敷には骨董品のようなものがたくさんあって少々不気味な感じがする。

中でも裸の鬼のような格好の木像は歯をむき出しにしていて

食人鬼のようで気持ち悪い。

ぬるいお茶を啜りながらしばらく待つ。



蕎麦は10歳くらいの男の子が持ってきた。

5歳くらいの女の子も後ろについてきてこちらを見るがふたりとも無表情だ。

蕎麦は洗面器よりふた回りも大きい鉢に山盛りになっていた。

ほとんどつなぎを使っていない、ちょっとざらざらとした太打ちの蕎麦である。

そばの香りがぷんぷんしていて旨い。

どんどん手繰り寄せて夢中で食べる。

蕎麦汁も薬味もたっぷりと付いている。



気が付くと老婆と連れ合いらしいお爺さん、子供たちが

座敷の向こうに座ってこちらを見ている。

「旨いですねえ」と声をかけると4人ともはにかんだように笑う。



蕎麦はなかなか減らない。

それどころか増えているようだ。

鉢に何か仕掛けがあるのかと見てみるが普通の鉢である。

5人前くらい食べたところで苦しくなってきた。

「いやあ美味しいけど流石にこれくらいで結構です」

と声をかける。

「いくらでも食べられるといったろ」

老婆が返事をする。

少々気味が悪くなってきたので

「いや、でももう結構です。お金ならちゃんと払いますから」

と立ち上がろうとするといつの間にか後ろに来ていた老爺に

凄い力で肩を抑えられる。

「美味しいっていったろ」

さらに子供たちが踊りながら口々に声を出す。

「いくらでも食べられると言った」「美味しいって言った」

私は何だか体の力が抜けてきて、意識も朦朧となってきた。



気が付くと私は村の広場の大きな柱に縛られている。

十数人の村人が集まりたき火を囲んで酒を飲んだり

焚火にかけられた鍋にそばを入れて食べている。



私は大声を上げる。

「離してください、どうなっているんですか」

村の長老らしき男が近づいてくる。



「今日は投じそばのお祭りなんじゃ。

投じ蕎麦には肉を入れんと旨くないもんでなあ。

まあ勘弁してくだされ。」



「そんな江戸時代じゃあるまいし、やめてください」

と叫ぶ。すると村人たちが立ち上がって謳いながら踊りだす。



俺たちの蕎麦を食ったろ

罰があるっていったろ

いくらでも食べられるといったろ

美味いっていったろ

えれえこった、えれえこった…



宴は延々と続いた。


IMG_1077d.JPG



この話はもちろんフィクションです。

信州のそば屋にこんな店はありません。安心してお越しください。








posted by ナカムラタケシ at 07:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 新しい民話/フィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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